skt님의 프로필CAFE DIVA사진블로그리스트 도구 도움말

酒井 拓

직업
지역
관심 분야
piano×jazz×pragmatics
추가한 리스트 항목이 없습니다.
9월 7일

言語発祥。

 言語はどのようにして誕生したのでしょう。

 言語がどうして生まれたのか、生まれたのが地球上の一ヶ所かそれとも複数ヶ所かはよくわかっていません。しかし、いくつか説があるようです。
  • プープー説("Pooh-pooh" theory)
    思わず出た声から感情に関する語が出来たもので、爆笑から"laugh"、「わらう」、「ショウ(笑)」、嫌う声から"hate"、「きらい」、「ケン(嫌)」等。
  • ワンワン説("Bow Bow" theory)
    鳴き声から動物に関する語が出来たもので「モウ~」から"cow"、「うし」、「ギュウ」、「ワオ~ゥ」から"wolf"、「おおかみ」、「ロウ(狼)」等。
  • ドンドン説("Ding-dong" theory)
    音響から自然物に関する語が出来たもので「ピカッ!ゴロゴロ」から"thunder"、「かみなり」、「ライ(雷)」、「ザーッ…」から"water"、「みず」、「スイ(水)」等。
  • エイヤコーラ説("Yo-he-ho" theory)
    かけ声から行動に関する語が出来たもので、停止を促す声から"stop"、「とまる」、「テイ(停)」、働く時の声から"work"、「はたらく」、「ロウ(労)」等。

 僕も英語を教える際に、最近は音の響きから教えることが多いのです。例えば「~を笑う」という熟語は「laugh at~」なのですが、この「at」という前置詞は発音してみると尖った印象を受けます。そのため、「~を笑う」とただ暗記するのではなく、「atという尖った印象から、~のことを少し小バカにしたように笑う」というように教えています。日本語で言う「ハンッ」とか「フッ」と笑うようなイメージでしょうか。「laugh(ラフ)」は笑い声から生まれたのかもしれないですね。

 音から連想されるものって、意外と適切だと思うんです。例えば、「book」を「本」という訳で捉えると、「k」の音は破裂音というのですが、この響きが本のイメージ、四角くて、角がある紙のイメージにぴったりくると思いませんか?「mammal(マモゥ)」は「哺乳動物」という意味なのですが、「マ」行の柔らかい響きが母親の乳を必要とする動物のイメージにぴったりだと思いませんか?

 少し違うかもしれませんが、人の名前で抱くイメージもその一種だと思うんです。「さやか」は色白な人のイメージ、「あや」は猫目でかわいい人のイメージ、「たけし」は古風だけどしっかりした人のイメージなど、人によって描くイメージは違うと思いますが、音によって形がわかる上記の例と似ていると思います。しかし、この場合は、「さやか」「あや」「たけし」という人に今までどれだけ出会ってきたかという経験が左右することが前提となるため、一概に音からイメージすることに当てはまるわけではありませんが。

 僕は英語を専攻していますが、現代英語しかわかりません。古英語や中英語は全く読むことが出来ません。古英語(Old English)が生まれたのは、5、6世紀~11世紀後半まで英国をアングロ・サクソン族が支配していたことが大きな起因となっています。アングロ・サクソン族は金髪で色白な人種で、そのため自分達の土地を「Angel Land(アングル族の土地)」と呼んだことから今日の「England(イングランド)」という名前の由来になっています。そこで使われていた言語はもちろん「アングロ・サクソン語」であり、これが古英語と呼ばれています。今日の英語よりはドイツ語に近い言葉です。

 中英語(Middle English)は、1066年にノルマンディ公ウイリアムに率いられたノルマン人の軍隊が北フランスより侵入し、イギリスを制圧したことに始まります。ウイリアム一世が王位につき、ノルマン王朝が確立されます。当然この支配階級が使う言語はフランス語であり、このノルマン系フランス語と、被支配階級が使い続けていたアングロ・サクソン語が混ざり合って中英語が生まれたのです。こうしてこの2つの言語はゆっくりと時間をかけて混ざり合っていくのですが、その当時の中世英国社会の様子を表しているのがスコットが書いた「アイヴァンホー」という小説です。

 僕は英語を学ぶ中で、牛という意味で使われる単語は「ox」や「beaf」など沢山ありますが、これがどういったところから生まれたのか疑問でした。このアイヴァンホーの中でその答えが出ています。牛、孔子、豚、羊などが野にあるあいだはox,calf,swine,sheepとゲルマン語系で呼ばれるのに対し、食卓に上がるとbeaf,veal,pork,muttonとフランス語系に変わるのです。これらを飼うのは被支配階級であるゲルマン人、食べるのは支配階級であるノルマン人(フランス語系)のため、この当時の社会の状況がそのまま今日の言語に反映されていたのです。すごい!

 この中英語の完成をみてとれるのが、チョーサーの「カンタベリー物語」なのですが、そこではアングロ・サクソン語(ドイツ語)系、フランス語系がうまく混ざり合っています。例えば今日使われている「when」「that」という単語は「wenn」「das」というドイツ語系ですし、「April」「March」という単語は「avril」「mars」というフランス語系からきています。

 音楽もこういった国や、文化や、その当時の社会情勢によって生まれているんだと思います。僕の好きな札幌で活躍する素晴らしいピアニスト、石田幹雄さんも「ボサ・ノバなんていうのも、ボサ・ノバが発祥したその地域の人々が使っていたくぐもったような言語からああいうリズムが生まれたんだと思う」と言っていました。言語が先に生まれたのか、音楽が先に生まれたのかはわかりませんし、そうすると「音楽の定義」についての話しになってしまうのでここで止めておきますが、音楽と言語は密接に関係があるということにあらためて感慨深い気持ちになるのです。

 「密接に関係がある」というよりも、音楽と言語は「全く同じである」と思うのです。どちらも全く知らない状態でも、例えば「怒るという感情を表せ」と言われれば「わー!」とか「ぎゃー!」と叫ぶ、楽器であれば叩いたり、思いっきり吹いたりすると思います。これらを習得する過程においても、単語を知る(コードを知る)、使い分けを知る(和音やフレーズのバリエーションを増やす)、実際に使う(即興演奏をする)といった具合に似ている部分が沢山あるでしょう。また、使う側でなく、これらを「聞く(聴く)」側になった時も同じ点があります。例えば舌ったらずな話し方をする人の声を聞いて少し穏やかな気持ちにさせられたり、なんの感情も感じられない深田恭子のピアノの演奏を聴けば、殺してやりたいという気持ちにさせられたりと、こういうような具合でしょうか。

 僕はピアノを弾く人間なので、言葉以上のものも伝えることが出来る分感動が大きいと思ってジャズをやっているのですが、決してそうではないんですよね。CDを買えばライナーノーツがついている。「あぁ、これはスタンゲッツが死ぬ3ヶ月前にレコーディングしたものなんだなぁ。癌だったんだ・・・」ということをそこから知ることによって、より一層彼のサックスを物悲しいものにさせているんだと思うんです。音楽って、音楽を伝えている人を知ること抜きに聴くことって出来ないんだと思います。だからそれを知るためには言語が必要。ただ、それを表現のツールにするかしないかだけです。ジャズを始めようと思い、ベースかピアノで迷ってわけもわからずセッションをした際に、「ピアノの方がしゃべるのと同じくらい出来る!」と勘違いした時の気持ちを忘れずに、これからの人生も勘違いし続けていきたい。

 いつも書こうと思っていたテーマからどんどんずれていってしまうなぁ・・・。

 

9월 5일

WE.

 昼からの練習の後、夕方からフリーの一部のメンバーでガトーキングダムへ行ってきました。
ガトーキングダムは、温泉やプールがあるレジャー施設であり、「水の楽園」と呼ばれているらしいです。とにかくはしゃぎました。
ガトキンを23時に出て、びっくりドンキーでご飯を食べて今敦史の家で亜超とラーメンを食べながらこれを書いているため、全然頭が整理されていません。
 
 とにかく楽しかった。25Mプールもあったため、ここは私水泳部長、泳がないわけがありません。数年のブランクがあるも、結構泳ぎました。しかし、昔のように思ったほど上手くいかないです。体力作りのためにも今後も継続してちょくちょく泳ぎに行きたいと感じました。ウォータースライダーももちろん乗りました。鬼ごっこもしました。なんなんでしょうかね。「裸の付き合い」という言葉がありますが、皆でプールで騒ぐことにより、より仲良くなれた感じがしました。音楽以外でもこうやって仲間と遊ぶことって素晴らしい。
 
 その後びっくりドンキーへご飯を食べに行きましたが、会話の中から後輩達のまた違った一面を知ることが出来てよかったなぁと思います。ベースセクションの師弟愛は強いなぁと羨ましく思いました。ピアノセクションの愛が弱いとかいう意味ではなく、良い関係を築いているなぁと感動したという意味です。後輩のおかげで僕は寛容さを少しずつ身につけていくことが出来たし、そういう感謝を常に忘れてはいけないんだと思う。もっと一人一人とじっくり話す機会を作りたいなぁ。4時間くらいドンキーに長居してしまったけど、そこで話したことでフリーの良さを再確認出来ました。その一員として残りの期間出来る限り協力していきたい。そしていい音楽を作っていきたい。僕はできた人間ではないので、ブログでも口に出してもフリーに対する不満をぶつけてしまうことが多いけれども、それでもやめられないのはフリーが好きだし、フリーのメンバーが好きだからなんだということにいつも行き着く。後輩の一人はドンキーを出た後に「こういう話(結構マジメな話をドンキーでしていた)をした後は身が引き締まる」と言っていた。僕もまたあらためて精進していかなければならないことを実感しました。
 
 ドンキーを出た後は敦史の家へ。今回ガトキンに敦史は不参加だったのですが、弟が参加していたため、敦史家へお邪魔したわけです。彼はバイトで居なかったため、亜超と二人で敦史家ライフを謳歌していました。顔洗ったり、歯を磨いたり、雨で自分の服が濡れていたので敦史の服を着て彼のバイト先に行ってラーメンを買ったり、敦史のパソコンで今このブログを書いたり。敦史ありがとう。そしてごめん。

POP2

 さて、合宿レビュウ続き。
 
 フルノート出発後、亜超たっての希望により中山峠へ。敦史が「スープカレーラーメン」なる謎な食べ物を注文。
その後は雨模様だったのだが、順調に帰札。こうして僕らの合宿は終わりを迎えた。
 
 合宿を通してあらためてフリーって良いなと思った。ひいきになってしまうけど、やっぱりリズムセクションて良いなと思った。対応力0と前の文章には書いたけれども、裏を返せばまだまだ可能性があるということであるし、それが楽しみ。何よりもメンバーが個性的であって、皆しっかりと何か考えている。リズムセクションはホーンセクションよりも絆は深いと自負しているし、大好き。
 そして、同期4年メンバー、ありがとう。もう、なんというか無償の愛を注いでも足りない。多分、僕が死にそうになったら何も見返りを求めずに助けてくれるんだろうし、メンバーが死にそうになったら僕もまた喜んで助けるんだろうと思う。過度の期待を抱きすぎなのかもしれないけど、そういう想いを常にこの人たちには持っていたいし、そういう関係をずっと続けていきたい。
9월 4일

POP

8/21(Mon)
Free Formless Jazz Orchestra合宿
 今年もこの季節がやってきました。毎年行われているFFJOの合宿。早いもので最後の合宿です。お馬鹿なメンバーと夜通し馬鹿騒ぎする4日間は人生において二度とないんだなぁと思うと、出発する前からすごく切ない気持ちになっています。
 
 さて、この文章はブログに掲載するために行きの亮大の車の中で打っています。今年の車隊はは4年目亮大、僕組と敦史、かをりん組、3年晃祐、弘祟組です。
今回文章にしようと思ったのは、文章化することによって自分が今回の合宿でやるべきことと、実際やれたことと、やれなかったこと、今後にどうつながるかを自分の中で整理したいからです。
 
 今年の合宿の僕の中でのテーマは【interpretation】(インタープリテイション)です。日本語訳としては「解釈」という訳がついておりますが、分解すると「inter」「pre」「tation」でしょうか。「inter」は「内在する」というニュアンスで、「pre」というのは本番ではない「予行演習」というようなニュアンスでしょうか。「tation」はこの単語を名詞化する働きがあります。「interpret」「tation」という分解も考えられるのですが、今回はあえて3つに分解しています。この分解通り、自分の中に内在するもの「inter」(それは音楽的技術や知識に限らず、自分の中にある様々な知識や感情)を完全に理解することは出来ないけれども、一生かかって理解する前「pre」段階として、きちんとしたものを得る「tation」(僕は「名詞」という品詞は、動詞や形容詞、副詞にくらべてその単語自体できっちり簡潔出来る印象があるため、tationをこのように解釈しました)ということを目標にしたわけです。僕の感情に直結するものは音楽であるので(この場合の「音楽」は楽器を演奏したり、歌とか曲とかそういった概念ではなくて、上手く言えませんがもっと抽象的で広い概念での音楽です)、音楽を「解釈」(interpretation)していこうと思いました。
 
 僕に足りないのは「寛容」であるということです。この4年間自分に対して厳しくしてきたつもりですが、他人に対しても厳しく在りすぎました。その代償として得たものが、元彼女のある事件と、FFJOのリズムセクションの部員が2人も辞めたことです。コミュニケーションを図りたい、相手が何を考えているのか知りたい、一体になるには音楽以外の人間同士のコミュニケーションは欠かせないものだと僕は思っています。そういった想いが必ずしも相手に伝わるものではないですし、いくら自分が近寄りたいと思っても、相手に想いを組む気持ちがなかった場合はコミュニケーションが成り立ちません。彼らを責めるつもりはありませんし、むしろ僕がパートリーダーとして上手く伝えることや意思疎通を図ることが出来なかったということだと思います。まとめる立場の人間として出来なくてはいけないことが出来ていませんでした。
 
 そのため、主導権がない学年にいる今の立場は、客観的に判断し、寛容さを持てる良い機会だと思ったのです。
 
 さて、合宿地であるニセコフルノートに着きました。続きはまた後で。
 
1日目。
 フルノートに着いた瞬間にセッションを始め、さっそく鍵盤を壊す。3オクターブ目のDの音が出ない。そしてチューニングの悪さにびっくり。
フルノートの名物(?)はなんと言っても「忍者部屋」。はしごで5階くらいまで上がれるまさに忍者部屋。去年は最上階のどこかが壊れていて、蚊や蛾のオンパレードで死闘が繰り広げられた。かつて僕らが入部する前に、死角となる忍者部屋で夜の営みが行われたことがあったとかなかったとか。
今年は忍者部屋ではなく普通の4人部屋で、同期4年目3人と、現部長弘祟と一緒の部屋でした。夜の合奏後、最終日の飲み会のために買っていた酒とつまみ類をあけて早くも宴会を始める。同期のさとぴくが「ねぇ、好きってなに・・・」と言い始めると、「ついにここまできたかっ」と、頭の中で警報が鳴ったのでその場から退散。しばらく違う部屋で後輩達と話していたが、眠たくなったので就寝。
 
2日目。
 午前中はパート練習。リズムセクションでは今回の合宿で「基礎能力を高める」という目標のもと、「基礎練習の仕方をもう一度見直すこと」に重点を置いて取り組んだ。ちなみに僕はハノンを始めとするこの基礎練習に大体一時間かかる。逆にそれだけやらないと指が本調子にならない。これを毎日コンスタントに続けられたらなぁと思う。まだまだ左手の薬指が弱いし、もっと自由に指が動くようにこれからも精進していかなければならない。あらためて基礎練習の大切さを実感するとともに、これを適切に後輩に伝えていきたい。
 
 今回の合宿に向けて現パートリーダーである弘祟より、事前に合宿での想いを書いた紙をもらっていた。「リズムセクションとしてやらなければならないことは何か」「各楽器の在り方」など、彼の熱い想いが書かれたものだったのだが、今のリズムセクション弱体化をどうにかしようという意図があったに違いない。正直今のリズムセクションの対応力は0だと思う。
 その原因は大まかに分けて
「ビッグバンドの曲練習のみしかしていない(曲練習と言うよりも、コード譜を読むのみ)」
「ジャズというジャンルの曲をビッグバンドに限らず聴いていない」
「練習量が足りない」
という3点だと思う。僕がずっと腹が立っていたり、モヤモヤしていた理由は「何をどうしていいかわからないということに甘んじて、自分で考えて行動しようとしない」という姿勢があるということだと気づいた。皆教えられることを待っている。誰のための楽器?誰のための音楽?自分が上手くなりたいと思うのであれば、自分で我武者羅に探してやるべきだと思う。僕は自分でそうやってきたつもりだ。というか、そうしないと人のせいにしてしまう弱い自分がいるからだ。誰でもそうやって出来るわけではないかもしれないが、自分で考えて行動していくことって音楽以外にも、生きていく上で必要なことではないだろうか。時々こんなことまで伝えなければわからないのかとガックリする時がある。
 
 個々人のみに責任がある場合は僕には関係ないし、どうでも良い。ビッグバンドは誰一人欠けてもいけないし、正直自分で行動する力がない人とは一緒に演奏をやりたくない。だから、そういう人間にさせないために後輩には訴えていかないとならないと感じた。モチベーションを統一していくってすごく難しい。
 
 昼からは恒例の川遊びへ。生憎の雨だったが、これが功を奏したのか、「もう濡れてもいいや」という意志が皆の中に芽生え、ほとんどのメンバーが川でダイブ。皆で一緒になって馬鹿やれるんだと感動した瞬間でもあった。川の水は冷たかったし、こけた時にサンダルが脱げて裸足になると、ゴツゴツした石が痛かったけれど、童心に返った気がした。音楽以外でもコミュニケーションを図ることはすごく大事。こういったことからも絆を感じることが出来るし、ずっと続けばいいなぁ。
 
 僕はこの翌日就職の面接があるため、一旦札幌へ帰る。「拓が帰ったら散々楽しむわぁ~」等とちゃかしていた同期のメンバーが、いざ夕食後に帰る時には「気をつけてな」「頑張って」と激励してくれたのが嬉しかった。僕が同期のメンバーが大好きなのはこういうところなんだなぁとすごく実感する。一生大切にしていきたい仲間。
 
 翌日の面接では、「志望動機は?」という在り来たりな質問から始まるのではなく、「まず何か聞きたいことなどありませんか?」と、コミュニケーションを重視した温かい会話からスタート。幸い面接官の方が教職をとっていたり、塾関係の仕事をしていたりと、僕と共通点が多かったためスムーズに会話が出来た。音楽に対して、人に対して自分の考えを話していくうちに、合宿中で高揚していたのもあったのか感極まってしまい、泣きはしなかったが涙ながらに話してしまった。面接時間も30分の予定だったのだが、40分くらい話した。その面接最中に「酒井君には次の最終面接にも進んでもらおうと思うから」と言われ、即合格決定。
 
 面接後、帰宅し着替え、再び倶知安へ。小樽から倶知安行きのJRに乗り換える時間が3分しかなく、駅員さんに何番ホームから乗れば良いか聞くために階段をかけ降りた時にハプニングは起こった。通常階段の配色というのは、8割白色、2割黄色や他の色という配色だと思うのだが、小樽駅の階段は8割赤茶、2割白という長年札幌に居る者にとってみれば非常にわかりにくい配色。加えてその時の状況は「急いでいる」「僕は視力が悪い」というおまけ付き。階段を踏み外し、その時転ばないように壁に手をついて、手の甲を擦り剥いたりしながらなんとか下へ。駅員さんにホームを聞き、降りてきた階段のすぐ横にあるエスカレーターをダッシュ。周りの人達の視線が痛かった。そこで手の痛みに気づいて見ると、血が。人を殴った後みたくなってた。人を殴ったことはないからわからないけど。
 
 倶知安駅に到着し、亜超に迎えにきてもらってフルノートへ。丁度外でバーベキューをするために皆が合奏を切り上げて準備している所で、帰るなり「拓おめでとう!」と面接合格を祝ってくれた。(面接後に倶知安駅到着の時間連絡を亜超にメールした際に、合格のことも合わせて話していた)
 
 バーベキュー後にはいよいよ、近所の方々が沢山集まってくれる中でのライブ。1年生だけのお披露目コンボライブもするのだが、良かった。何も知らない、わからない中で(馬鹿にしているわけではなくて)、我武者羅に練習してライブをしている姿に感動した。人間関係に多少懸念を感じるけれども、そういうことも含めてこれから4年間成長していて欲しいなぁと切に願う。さて、ビッグバンドの方のライブも良かったと思う。「音楽をすることが楽しいんだー!」って気持ちを前面に押し出したライブだったと思う。悪く言うと、見境無い演奏。「盛り上がる」のはあくまでお客さんであるということを忘れてはいけないと思う。「演奏する」ということは、必ず聴いてくれる人が存在するわけで、その人たちの気持ちも考えなくてはならないと思う。そのために僕らは盛り上がっていても頭は常に冷静でいなければならないのではないかと思う。というのも、僕自身盛り上がって、気持ちまで盛り上がって演奏してしまい失敗(色んな意味での)をしてきた経験があるためだ。すぐにこれを改善するのはなかなか大変なのかもしれないけれども、ジャズをやる以上、自分の弾いている音も気にしながら、ソリストの音に瞬時に反応して、4ビートのベースラインを聴きながらコードを気にしたり、一度に沢山のことを頭で考えながらプレイすることって重要であり、当然のことだと思う。
 
 ライブの中での自分の演奏は0点。一旦札幌に戻ったからという言い訳はしたくない。ただ、ライブの度に新しい課題が見えてくるので、それを次にいかすのみ。同じ間違いをしないのみ。どうしていつもコンスタントに実力が出せないのだろう。それはジャズの基礎力がないためである。ソロの持っていき方1つとってみても、アプローチのネタの少なさであったり、そういった練習を今まで怠ってきたからだ。全ては自分の甘さ。失敗してから気づく。4年間ジャズをやってきて、まだこれしか弾けない。自分は何をやってきたのだろう。上手くなりたい。そのためにもっと出来ることが沢山あるし、その練習のための時間を作るためにしっかりとした生活基盤を作らなければならない。
 
 ライブ後は恒例の反省会&打ち上げへ。合宿はとても雰囲気の良い中で進んだのではないだろうか。その雰囲気を作り出していたのは他でもないコンマスであるし、彼のそういう所は尊敬するなぁ。後輩がどんどん増える中で、彼らからも学ぶことって本当に多い。きちんとした人間になっていきたい。フリーの演奏や個々の技術については、自分も含めまだぬるま湯に浸かっているなぁとすごく心配。合宿最中に感じた音楽をやることへの面白さ、練習への意欲をそのまま日々の練習につなげれるメンバーって多分ごくわずかなんだろう。嫌だそういうのって。どうして一生懸命やる人って少ないんだろう。どうして言い訳するんだろう。何かを言い訳にしたって、実力が変わるわけじゃないのに。でも自分も言い訳していないだろうか。実力だってそんなにあるわけじゃないのに。中途半端になりたくない。
 
 さて、反省会後は打ち上げへ。飲みすぎて久々に気持ち悪くなった。同期のかをりんに介抱されてようやく良くなった時には午前3時。恒例の「全裸走り」の時間じゃないか。フルノートの前の通りは坂になっていて、そこを抜けると国道が走っている。我がフリーフォームレスジャズオーケストラでは毎年男はこの坂を全裸で走る(靴のみ履いて)という恒例の行事がある。コンマス以外が全員集合し、全裸になる。クラウチングスタートの2列目は最悪だった。だって、前を向くと付きあがったお尻と、真ん中に何かがぶら下がったモノを見なければならないのだから。
坂は例年感じるのだが、予想以上にキツく、上りきった時にはゼーハーゼーハー。全員が国道へ全裸で寝そべる。昼間だったら間違いなく逮捕という光景。5分程休み、下りの競争のために全員が走って少し経った時にハプニングが起こった。目の前に突如あらわる転がる裸体。すごい勢いで部長のひろたかが転がっていく。笑いながら坂下るのは辛かった。フルノートに着いて、外に放り投げて置いた服を着ようと思ったのだが、見当たらない。全裸走りの最中は国道に全裸で寝転がっても何も感じなかったのに、いざ服が無いってすごい焦る。結局中に居た女性陣が隠してたわけなのだが。さて、しばらくすると帰ってきた。傷だらけの男が。この4年間毎年全裸走りをしていたが、下り坂でこけた時のリスクを考えたことはこの男を見るまで一度もなかったなぁと気づいた。
 
 その後は酔いが更にまわってダウンした人が多かった。僕は全裸走りの前に峠は越していたので比較的元気で起きていた。最終的には同期のひめと話していたのだが、このコも自分の考えを持って行動してるんだなぁとすごく考えさせられた。僕が4年目の皆が好きなのは、自分の考えを持っていて、自分で行動しながら他人との協調性を図ることの出来る人間であるからだと思った。そして、自分には無いユーモアが彼らにあって、そういった部分に魅力を感じているんだとこの時思った。ひめがウトウトし始めたのだが、しつこく構っていた時に寝ぼけて「Bの音が・・・」と言ったことを本人は知らない。寝る時までチューニングのことを気にしなくていいよ。
 
 翌朝はクソ眠たいながらも起床。朝食後片付け。荷物を車に積み、帰宅準備。こうして最後の合宿は終わっていく。写真撮影の後、車組とJR組に分かれ、帰宅。ありがとうフルノートの父さん、母さん。ご飯がすっごく美味しかった。ここのご飯は本当に美味しい。ありがとうグランドピアノ。1年生の時初めてこのピアノを弾いた時、すごく重かった鍵盤が、今では丁度良い重さ。もう弾くことのないかもしれないピアノだけれでも、かたい音で僕の好みだった。
 
 

 

virus

 インターネット環境が復活しました。
自宅のパソコンのキーボードが使えず、ネット接続する際の入力が出来なかったため、更新が出来ませんでした。しかし、姉からもらったノートパソコンの方にデスクトップパソコンの設定を移してやると、見事ネットが出来るようになりました。アドヴァイスをくれた亞超、有難う。
 
 何となく始めたブログも、書いてみると自分を客観的に見ることが出来て良いのかなぁと最近思います。「あの時こうだったよなぁ」とか「こんな考え持ってたなぁ」とか、短期間でも自分が成長してきていることを実感でき、嬉しく思います。もちろん成長していない部分もわかります。自分の中だけに留まることなく、自分の文章を見る人ともコミュニケーションを図ることが出来ます。実際に会う回数や時間が少なくとも、そこで得られる以上のことを相手が自分に対して理解していた時ってすごく嬉しいです。そういう点においてもブログを書いて良かったと思うのです。
 
 
8월 13일

Night Flight

 今FFJOのトロンボーンのさとぴく家に居ます。人の家のパソコンから更新ばかりしています。ブログを更新しに来たわけではないのです。明日の自分のビッグバンドの合奏のための楽譜を届けに来たのですが、ついつい長居しています。フライヤーとか作ってました。
 
 高校時代から付き合いがあるドラムの男の子とトリオを組んで、活動しようという所なのですが、今日の夕方はベースの男の子と話し合いを札幌駅でしてきました。彼 らは自分の可能性に賭けてプロになろうとしている人達で、初めてその真剣な想いを僕にぶつけてくれました。
最近はピアノに対して、音楽に対して昔程真剣に悩んだり考えたりすることが少なくなってきています。真剣に考えてはいるのですが、「ピアノって何」「音楽って何」「ジャズって何」「自分自身の在り方って何」という根本的な部分にあまりとらわれなくなってきた気がします。「あんたピアノ引き続けるんでしょ?音楽一生やるんでしょ?じゃあいいじゃん。そうやって悩む前に練習して、それをバンドで合わせて感情を共有出来て、それが自分にとっても相手にとっても、聴いている人にとっても素晴らしいものとなるものであればいいんじゃない?」という考え、というか気持ちでピアノを弾いています。
 
「基礎や考え方から学ばないと気がすまない」という固まった考え方が、4年間の音楽を通して、バイトを通して、教育実習を通して良い方向に変えることが出来てきた気がします。理屈や理論から学ぶことももちろん必要なのですが、そのやり方に固執することはないんじゃないか、わかってはいたけれどもようやく自分自身を色んな方向へシフトさせて、色んなやり方を実行出来る行動力を少しだけ伴えるようになってきた気がします。そのため、今はすごく楽観的に物事を考えられるようになってきたと思います。そういう考え方にさせてくれたのは、やっぱり人との出会いであったのです。
 
ののこちゃんは岩見沢の神童と呼ばれる素晴らしい(性格も)アルトサックスプレイヤーなのですが、今高校を卒業してアメリカマンハッタンへ殴りこみをかけに単身飛行機で、先日旅立って行きました。
日本でのラストライブを先月行いました。ののちゃん命名の「ソーメンズ」、FFJOから僕と石田亮大、北大から本間洋佑と長崎晃でライブを行いました。はっきり言って過去最高のライブと呼べる程のライブが僕自身だけでなく、メンバー全員がそう感じることの出来るものをつくりあげることが出来たと思います。演奏中に停電したり、ののこちゃんが感極まってソロ中に泣いてしまうなど、涙なくして語れないほどのライブでした。実際ののこちゃんもライブ後に友人と話していて号泣していました。このライブについてはまた特別枠で語らせて頂く事として、ここで感じたことはののこちゃんの人望の厚さ(お客さんは97人!!)もさることながら、ののこちゃんのプレイの熱さでした。自分よりも年下(音楽に年下も年上も関係ないのですが)の女の子が、これほどエネルギーを持っているなんて、正直圧倒されましたし尊敬の念を感じずにはいられませんでした。
 
さて、明日はビッグバンドの合奏です。楽しみで仕方ありません。起こさなければならない人が何人も居ますが。
皆に助けてもらいながら良い人間関係を築いていきたい。もっともっと仲良くなりたいと思います。
 
 
8월 12일

act via music.

家のパソコンが壊れてしまい、ついついになって早何ヶ月。ブログも全く更新していませんでした。
さて、昨日はHagy Fields Jazz Orchestra単独ライブがあって、打ち上がった後、敦史君の家でこれを書いているわけなんですが。
あらためてビッグバンドって良いなぁということを感じさせられたライブでした。皆この日のために練習してきて、このライブに賭けている想いがすごく伝わってきました。代表者の萩原君にはそれが顕著に表れていて、自分で立ち上げたバンドをここまで成長させた彼の実行力の高さには感服致します。それを支えた亮大もまた、普段はおちゃらけているように見えて、しっかりライブのこと考えて萩をサポートしていたんだなぁと、二人の友情が素晴らしく思えました。
 
ブログを更新していない数ヶ月、就職活動、教育実習、ライブと実に様々なことがありました。今あらためて過去のブログを見返してみると、自分の甘い考えが沢山書かれてあって少し恥ずかしいような懐かしい気持ちになります。しかし、逆に言えば少しは成長し続けていることを実感できました。
ようやく自分がこれからどうやって社会の中で生きていこうか現実味を昔よりは伴って考えられるようになってきた気がします。先日、一緒にライブを行ったののこちゃんがアメリカへと飛び立つということで、バンドメンバーと共に空港へ見送りに行ってきました。リュックをパンパンにしてアルトサックスを持っていく彼女の姿はすごく颯爽として、格好良かったのです。彼女は彼女なりにすごく悩んだり、考えたりしてこの日を決意したんだと思うと、尊敬せずにはいられません。そんなののちゃんの姿に勇気付けられましたし、人間として長く生きている自分が、このコと一緒にバンドをやった人間として恥じない生き方をしなければならないと感じました。教育実習の際にも同じことを感じました。高校生と授業内、授業外を通して関わる中で、英語に関することや、自分に関することをもっと伝えたい、知って欲しい。そのためには英語としても人間としてもプロフェッショナルでなくてはならない。生き方も恥ずかしいような生き方は出来ない、とすごく実感しました。
 
自分と関わる人間が年齢を重ねるごとに増えていって、ましてや教育というものに関わっている以上、自分よりも下の年齢の人間に関わることが多くなる。そうするとやっぱり彼らにとって目標となる人間でいなくてはいけないし、そうでなくても「こういう人間にはなりたくない」とは思われたくない。子どもがそう思うことによって将来へ何も魅力を感じなくなってしまうとすごく寂しいからだ。だから自分は常に何かに対して一生懸命でありたいし、エネルギーを出し続けていたいと思う。でもそれは誰かのためではなくて、自分のためにすることであって、それが結果的に周りの人たちにとって何か刺激になったりエネルギーになるのであれば幸せなことはないと思います。そしてそういうエネルギーを持った人たちと一緒に音楽が出来ることに幸せを感じます。
 
ビッグバンドを組んだんですよ。去年からずっと考えていたことなのですが、諦めようかと思ってたんです。自分が曲を考え、ホーンセクションのことを見ることが出来るのか自信がなかったためです。しかし、僕らの代でこれだけ楽器がバラけていて、ビッグバンドを組める学年がいるなんて奇跡に近いことですし、後押しもあってやることにしました。一緒にやりたい人がいっぱいいて片っ端からお願いして、気付けば自分が恐縮するくらい本当に素晴らしいメンバーが集まってくれていました。さらにプレッシャーが・・・。他のライブに引っ張りだこな面々なので忙しい日程を縫って練習に来てくれています。すごく感謝するとともに、必ず成功させたいと思っています。10月祭、楽しみにしていて下さい。
 
 
사진 앨범이 없습니다.